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feed 「ラジオの製作」で振り返る(1981年12月) (2018/4/10 22:35:00)
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ラジオの製作1981年12月号。 1981年12月。
当時流行っていた歌謡曲は...  

・アラジン「完全無欠のロックンローラー」
・近藤真彦「ギンギラギンにさりげなく」
・松田聖子「風立ちぬ」

だったですかね?
このうち「完全無欠のロックンローラー」が毎日コッキーポップで流れていました。
ちょうどこのころ、原付免許が欲しくて仕方ありませんでした。
翌1982年1月に原付免許取得。行動範囲が少し広がって楽しい時期でした。
私はまだアマチュア局を開局する前。CBでローカル局とラグチューしていました。
ただ、アマチュア開局を考えるようになったころでもあります。


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東芝のラジカセ RT-S93。定価89,800円。
当時はこんな感じのステレオラジカセが流行りましたね。


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「はずむ心に軽くフィット! 手のひらサイズのマイクロハンディ。」
トリオの144MHz FMトランシーバーTR-2500です。
約40年も前なので、今の2mFMトランシーバーと比べるのは酷。
デカくて重いのですが、当時にしてはマイクロサイズ...ってことです。


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このモデルさんは水野ますみさん。茨城県出身?
当時のアイドルということですが、完全に失念。
宮崎ますみ、桑田ますみ...なら知っているのですけど...


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八重洲無線 FT-101ZSD。
「外国の友だちにメリーXマスのメッセージを」
12月号ってことで、八重洲無線さんはタイムリーな広告。
FT-101Zシリーズは周波数表示の針が左右に動くアナログ表示タイプが好きでした。


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この年の秋にミズホ通信から初代「ピコ6」MX-6が登場!
「ポケット無線局」というのがキャッチフレーズ...だったのですね。
開局の第一送信機がMX-6、という局も相当数あったに違いありません。


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CQアマチュア無線普及会の通信教育の広告にもMX-6が登場!
ラジオたんぱによる放送指導を高田先生が担当されていたのもあるからかも?


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通称「VOICE of JAPAN」ことSONY ICF-2001。
電卓みたいなラジオ。当時は違和感アリアリだったのですが...


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山田耕嗣先生の「海外BCLテクニック」。
この回はJORF「ラジオ関東」が「ラジオ日本」に局名を変更する話。
個人的な意見を言わせていただければ、「ラジオ関東」のほうがよかったのでは?
「ラジオ神奈川」でもいいのに...って思うのですけど。
「ラジオ日本」はNHKの国際放送の印象強すぎです。


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「CB市民無線活用講座」は岐阜のCBerが岐阜から岩手まで自転車で旅する話。
自転車にはICB-770とマランツのC58が積まれています。


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この記事を読んで、C58にも惹かれました。
残念ながらご縁はありませんでしたけど...
「時代の先端をつっぱしる」...横にはNASAのスペースシャトル。
以前も書きましたけど、このC58、C78、C88シリーズに6mオールモードの無線機があったらFT-690の強力なライバルになったのだろうなぁ...って思います。
特にデザインが好きでしたね。


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読者のカットマンガコーナーにシマネAA112局発見!
松江市の局で何度も交信しました。アマチュア局でもQSOさせていただいています。
まだお元気かなぁ...また交信したいです。

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