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link アマチュア無線局 JO1KVS アマチュア無線局 JO1KVS (2024/9/20 7:05:34)

feed デビュー時の取り組み (2021/5/22 2:20:18)
アマチュア無線を始めた頃、無線機は八重洲のFT-690+FL-6010の組み合わせ、50MHz帯オールモードでのデビューでした。アンテナは、本当の最初は内蔵のロッドアンテナを窓から出して、でしたが、団地の4階窓の手すりに竹竿を縛りつけ、そこから吊るした垂直ダイポールで運用を開始しました。今こんなことやったらすぐ問題になりそう(笑)。上の階、下の階、それぞれ窓の前に私のアンテナが伸びてましたね。
デビュー当時はSSBの周波数帯で聞こえてきたCQを呼び回り、またこちらからもCQを出し、近隣の局を中心に交信していきました。毎日無線をやっていれば聞こえる局は大体同じですが、無線が楽しくて仕方ない頃でしたから複数回でもお構い無し。そんな時、FMモードを覗いてみると、あちこちでラグチューが聞こえてきました。あまりおじさん達は居なくて若い人が中心でした。おじさん達は主に144MHzの方に居たんです。近寄りがたい144MHzでしたね。ある周波数では私が個々に交信したことのある局同士が仲良くお話ししていました。勇気を出してお声がけし、交信していると後からさらに出てきたお仲間の方も先日交信していただいた方、その後も別の日も入れ替わり立ち替わり出てくる方は皆さんSSBで最近交信していただいた方ばかり。こうして無線での交流が深まり、すっかりこのコミュニティの一員になっていきました。三多摩広域に分散している方々でしたから、全員に電波が届くよう努力しました。仲間との交信に不自由しないためのアンテナ構築がひとつの課題、目標でした。そこで導入したのが屋上へのGP設置。当時は団地の屋上に6エレ八木、なんて局はざらに居て、団地の屋上にGPは珍しくはありませんでした。これがまたよく飛びました。この頃はもう毎日無線やってましたね。寝床でも無線やってました。それはもう寝るまで。無線機は枕元にありましたし。最近の人が寝床でスマホやっているのと同じかな。まさに無線がスマホのような存在でした。
SSBで山の上からのCQが聞こえてくればFMで皆と示し合わせて仲間全員で同時に呼んで誰が勝つか、とかやってました。この頃の仲間達と一緒にいろいろ遊んだのが私の基礎になってます。あまり真面目じゃなかったですけどね。(^_^ゞ
FT290、FT790Rもコツコツと増やしていきました。屋上には144.430の5m長のGPも建てました。このアンテナにハンディ機をつないだら飛んでもないことになりました。アマチュア無線のどこを聞いても「警視庁了解!」「東京消防了解!」でアマチュア無線が運用できないのです。強力な業務無線の電波が混変調を起こしてしまうんです。モービル機なら起きませんでした。ハンディ機の限界を知ることとなりました。モービル機はC5600を買いましたね。その頃世はIC-2Nと言う歴史に残る名機が大ヒット。ハンディ機全盛期を迎えます。私は対抗してTR2500を買いました。各社からハンディ機が百花繚乱咲き乱れ、八重洲やスタンダードのハンディ機も結構買いました。そして頑張って待望のHF固定機を購入。TS440V。品のある無線機。これに屋上に張った7.21.28MHzフルサイズのダイポールアンテナをつないで楽しみました。10Wでもかなり楽しめる贅沢なアンテナでしたね。
バイクではFT690を積んでバイクモービルやったこともありましたし、通勤バイクでTH-41と言うハンディ機で毎日調布のレピーターにお邪魔して朝夕挨拶してました。
デビューから数年はこんな感じでした。懐かしいなぁ。
あれ?タイトルとだいぶずれたけど、アンテナの強化はその頃の自分には必要不可欠、それなりの目標、課題だった、と言う話です。大勢のいつも交信する相手が居たから。今はこういう時代じゃないから、むしろ今のアンテナで満足しがちかも知れませんが、アンテナの強化こそが無線の飛び、世界を広げることにつながります。是非皆さんも努力をしてみてください。

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