無線ブログ集
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知床遊覧船による「アマチュア無線」の使用はどこがダメなのか。 (2022/5/12 1:03:18)
2022年5月9日に、知床遊覧船による「アマチュア無線」の使用が問題であると正面から取り上げた記事を毎日新聞が公表しました。
知床遊覧船、業務にアマチュア無線 節約で常用か、関係者証言 (毎日新聞 2022/5/9 20:06(最終更新 5/9 20:06) )
『アマチュア無線は「金銭上の利益」を目的として業務で活用することが電波法で禁じられている。違反すれば、1年以下の懲役または100万円以下の罰金が科される。だが、複数の関係者によると、知床遊覧船は今シーズン以前も運航する船同士や事務所との通信を主にアマチュア無線で行っていた。・・』
『別の関係者は「アマチュア無線を業務で使うのが違法だということは知っていた。本来ならば衛星電話をメインに使い、使えなくなった緊急時にアマチュア無線を使うのが普通」との認識があったが、「実際は日常的にアマチュア無線の使用を続けていた」と証言した。』
5月11日には、北海道総合通信局の職員が現地入り。12日には、事故を起こした知床遊覧船社にも調査を行うと報じられています。
【任意調査】観光船の無線使用を調査開始 北海道・知床沖沈没事故 政府の対策検討委も議論スタート(STVニュース)
『(北海道総合通信局 山田誠哉さん)「目的外で使ってはいけないので、常態化しているのであれば違反ということになりますので、見極めて必要な措置をとっていく」』
電波法令に照らして整理してみます。
アマチュア無線局の免許を受けていないとしたら・・
まずもって、アマチュア無線局は、試験又は講習を受けて合格し「アマチュア無線技士」の資格を取得した人が、総務省から「アマチュア局」の免許を受けなければ、開設してはいけません。
電波法第4条第1項 無線局を開設しようとする者は、総務大臣の免許を受けなければならない。(以下略)
電波法第39条の13 アマチュア無線局の無線設備の操作は、次条の定めるところにより、無線従事者でなければ行つてはならない。(以下略)
もし、知床遊覧船社を含むあの海域の遊覧船業者が、「アマチュア局」の免許を受けずに遊覧船に「アマチュア無線機」を設置していたとすれば、電波法第4条違反として、行政処分の対象となりえ、さらに1年以下の懲役または100万円以下の罰金という刑事罰が課される可能性もあります(電波法第110条第1項)。
用語法としては、「無免許」で設置された無線機も、いちおう「無線局」(電波法第2条第5号)には該当しますが、「違法に設置された無線局」です。報道は、「アマチュア無線」という言葉をカジュアルに使っていますが、正規の免許を受けていなければ「違法局」であり、「アマチュア局」「アマチュア無線」と表現するべきではありません。私は、「違法局」に使われた「アマチュア無線機」がかわいそうでなりません。
いちおうアマチュア無線局の免許を受けていたとしても・・・
もっとも、今日5月11日の時点で、このような報道もあります。遊覧船業者は、アマチュア無線局の免許は一応持っているのかもしれません。
『北海道総合通信局山田誠哉無線通信部長:「 無線局の免許だけでは確認できないので 直接話を聞き、そういった事実があれば適切な措置を講じていきたい」』( FNNプライムオンライン 北海道文化放送 2022年5月11日 水曜 午後0:15『知床観光船 “電波法違反”の可能性 アマチュア無線を日常的に使用か 国が聞き取り調査へ』 )
『担当者によりますと、 11日に聞き取りを行った2社では違反などは確認されなかった ということです。』( NHK北海道 NEWS WEB 『観光船の無線利用実態 北海道総合通信局が聞き取りを開始』 )
では、「アマチュア局」の免許を受けていれば無罪放免なのでしょうか。
アマチュア無線局には「個人局」と「社団局」があります。そこで、遊覧船業者の従業員が「個人局」を開設し、遊覧船に備え付けていたパターンが考えられます。ですが、複数の「個人局」で同じ無線機を使うことはできません(設備共用の原則禁止。 電波法関係審査基準別紙1 無線局の局種別審査基準 第15 アマチュア局 19 設備共用 )。遊覧船に、従業員の人数分の無線機を設置していた様子はないので、まずその点が問題になりそうです。
また、遊覧船業者の従業員が集まって「社団局」を作り、遊覧船に備え付けていた、というパターンも考えられます。この場合、設備共用の問題は生じません。もっとも、現地(北海道斜里郡斜里町)にある社団局は「知床ハムクラブ」のみです。遊覧船とは関係なさそうです。
いずれにせよ、アマチュア無線局の免許を正式に受けていれば、電波法第4条違反にはなりません。ですが、報道もされているように、「アマチュア無線を業務に使うことは禁じられています」。正確には、「金銭上の利益のため」にアマチュア無線を使ってはいけないことになっています。
無線局の免許には、「無線局の目的」「通信事項」「通信の相手方」「移動範囲」「周波数」等の制限がかかっています(「指定事項」)。「アマチュア局」の場合、その「目的」は「アマチュア業務」に限られ、「通信事項」は「アマチュア業務に関する事項」に限られています。「アマチュア業務」とは、「 金銭上の利益のためでなく 、もつぱら個人的な無線技術の興味によつて行う自己訓練、通信及び技術的研究その他総務大臣が別に告示する業務を行う無線通信業務をいう。」と定義されています(電波法施行規則第3条第1項第15号)。
遊覧船業者は、遊覧船を運航することによりお客さんから料金を得る事業、つまり、「金銭上の利益のため」の事業を行っています。その事業の中でアマチュア無線を使えば、免許で指定された「目的」「通信事項」を逸脱して、アマチュア無線を使ったことになります。
報道によれば、知床遊覧船社では、「日常的にアマチュア無線の使用を続けていた」とのことです。「日常的に」というのは、出港や現在位置、帰港予定の連絡にアマチュア無線を使っていたということでしょう。もしそれが事実であれば、
「金銭上の利益のため」にアマチュア無線を使用していた
→アマチュア無線局の「目的」・「通信事項」を逸脱した使用をしていた
→電波法第52条1項柱書本文違反
ということになるでしょう。
第五十二条 無線局は、免許状に記載された目的又は通信の相手方若しくは通信事項(特定地上基幹放送局については放送事項)の範囲を超えて運用してはならない。(以下略)
行政処分の対象になりうるほか、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられる可能性があります(電波法第110条第5号)。この罰則は、無免許の場合と同じレベルです。
なお、タクシーがアマチュア無線機を載せているケースがあります。タクシー業務の連絡にアマチュア無線を使っていれば「金銭上の利益のため」の運用でアウトですが、空車の時に他のアマチュア局と遠距離交信チャレンジや雑談をするための運用であれば、「金銭上の利益のため」とは言えずセーフです。もっとも、遊覧船が「空車」で海に出ることは考えられないので、「他のアマチュア局と雑談するために無線機を載せてました」という言い訳は通用しないでしょう。
アマチュア無線による非常通信
さて、今回の痛ましい事故の直前に、遭難した「KAZU I」の船長と近隣の遊覧船事業者との間で、「アマチュア無線」による連絡がなされたと報道されています。
【証言】あの日何があったのか 無線で「KAZUⅠ」と連絡を取った同業者が語る緊迫の事態 北海道・知床沖観光船不明 (STV News 2022年4月29日)
『(ゴジラ岩観光の関係者)「当社のアマチュア無線なら連絡がつくかもしれないので、自社に戻ってアマチュア無線の電源を入れた。電源を入れて2から3回、 『KAZUⅠ豊田さん』と呼びかけた 。こちらから呼びかけても返答がないのが数十秒続いて、向こうから声が聞こえた。今どこですかと聞くと、ちょっと見渡したような感じで、カシュニという声が聞こえている。 カシュニなので、戻るのにかなり時間がかかるという会話をした 。緊迫した様子はなかった」』 →以下「交信1」
『(ゴジラ岩観光の関係者)「無線で問いかける前に、向こうから救命胴衣渡せみたいな指示が聞こえた。現場から緊迫した状況が聞こえた。豊田船長の声。 無線を取って『KAZUⅠ豊田さん、どうしました』と 。 エンジンが停止して、船の前の方が沈んでいるということで動けない状況 」』 →以下「交信2」
「交信1」の時点では、「KAZU I」は難にあっているようには見えず、単なる現在位置の連絡にアマチュア無線を使っています。もし、知床遊覧船社とゴジラ岩観光社がきちんと無線局の免許を受けていたとしても、「金銭上の利益のため」にアマチュア無線を使っていますので、アマチュア無線局の「目的」「通信事項」を逸脱した使用をしており、同法52条1項柱書本文違反、ということになるはずです。
加えて、アマチュア無線局に割り当てられる「コールサイン」(呼出符号)ではなく「KAZUⅠ豊田さん」という呼びかけをしてしまっていますので、無線局運用規則第18条が準用する同第20条第1項違反にも該当しそうです。
無線局運用規則第20条 呼出しは、順次送信する次に掲げる事項(以下「呼出事項」という。)によつて行うものとする。
一 相手局の呼出符号 三回以下(海上移動業務にあつては二回以下)
二 DE 一回
三 自局の呼出符号 三回以下(海上移動業務にあつては二回以下)
では、「交信2」はどうでしょうか。
(目的外使用の禁止等)
第五十二条 無線局は、免許状に記載された目的又は通信の相手方若しくは通信事項(特定地上基幹放送局については放送事項)の範囲を超えて運用してはならない。ただし、次に掲げる通信については、この限りでない。
一 遭難通信(船舶又は航空機が重大かつ急迫の危険に陥つた場合に遭難信号を前置する方法その他総務省令で定める方法により行う無線通信をいう。以下同じ。)
二 緊急通信(船舶又は航空機が重大かつ急迫の危険に陥るおそれがある場合その他緊急の事態が発生した場合に緊急信号を前置する方法その他総務省令で定める方法により行う無線通信をいう。以下同じ。)
三 安全通信(船舶又は航空機の航行に対する重大な危険を予防するために安全信号を前置する方法その他総務省令で定める方法により行う無線通信をいう。以下同じ。)
四 非常通信(地震、台風、洪水、津波、雪害、火災、暴動その他非常の事態が発生し、又は発生するおそれがある場合において、有線通信を利用することができないか又はこれを利用することが著しく困難であるときに人命の救助、災害の救援、交通通信の確保又は秩序の維持のために行われる無線通信をいう。以下同じ。)
五 放送の受信
六 その他総務省令で定める通信
「エンジンが停止して、船の前の方が沈んでいて動けない状況」は、電波法第52条第1号の「船舶又は航空機が重大かつ急迫の危険に陥つた場合」に該当し、その場合の通信は「遭難通信」に該当するでしょう。この場合、同条ただし書きにより、無線局の「目的」「通信事項」の制限が外れます。そこで、アマチュア局でも「金銭上の利益のため」に通信を行ってよいことになります。
もし、ゴジラ岩観光社(の従業員)と知床遊覧船社(の船長)がアマチュア無線局の免許をきちんと受けていれば、「交信2」それ自体は適法ということになりそうです。ちなみに、アマチュア局は通常アマチュア局としか交信できないのですが、遭難通信の場合、無線局の「通信の相手方」の制限も外れるので、例えば海上保安庁や警察の無線局との交信もできることになります(周波数や電波型式等の条件が合えば、ですが・・)。
ただし、先に指摘したように、遊覧船が「空車」で海に出ることは考えられず、実際には、遊覧船に乗せたアマチュア機で適法な「アマチュア業務」を行うケースはほとんど考えられないでしょう。遊覧船業者の本音としては、最初から遊覧船事業のため(「金銭上の利益のため」)だけに使うつもりでアマチュア局の開局申請を行い開局したものとして、「不正な手段により免許を受けた」として免許の取消し(電波法第79条)等の行政処分や、刑事処分としては、公正証書原本不実記載罪(刑法157条)、詐欺罪(刑法246条)等が考えられるかもしれません。
北海道総通には、できるだけ踏み込んで頂きたいものです。
なお細かい点ですが、『KAZUⅠ豊田さん、どうしました』という呼びかけは、無線局運用規則に定める手順を守っていない、という問題もあります。
(遭難呼出し)
第七十六条 遭難呼出しは、無線電話により、次の各号の区別に従い、それぞれに掲げる事項を順次送信して行うものとする。
一 メーデー(又は「遭難」) 三回
二 こちらは 一回
三 遭難している船舶の船舶局(以下「遭難船舶局」という。)の呼出符号又は呼出名称 三回
2 遭難呼出しは、特定の無線局にあててはならない。(遭難通報)
第七十七条 遭難呼出しを行なつた無線局は、できる限りすみやかにその遭難呼出しに続いて、遭難通報を送信しなければならない。
2 遭難通報は、無線電話により次の事項を順次送信して行うものとする。
一 「メーデー」又は「遭難」
二 遭難した船舶又は航空機の名称又は識別
三 遭難した船舶又は航空機の位置、遭難の種類及び状況並びに必要とする救助の種類その他救助のため必要な事項
3 前項第三号の位置は、原則として経度及び緯度をもつて表わすものとする。但し、著名な地理上の地点からの真方位及び海里で示す距離によつて表わすことができる。
では、ゴジラ岩観光社(の従業員)と知床遊覧船社(の船長)がアマチュア無線局の免許を受けていなかったらどうでしょうか。電波法第52条の主語である「無線局」は、あくまで「免許を受けた適法な無線局」を指すと考えられます。『船が沈みかけてるんだから細かいこと言うな!』というのは現実論ですが、電波法第52条は、免許を受けていない「違法局」による遭難通信までOKとするものではなく、電波法第4条違反は免れないように思われます。
「無免許でも緊急避難としてOK」という荒っぽい議論をする人もいますが、電波法第52条が、遭難通信等の場合にOKになる範囲を厳密に定めている以上、それを超えて拡大解釈するのは難しいのではないでしょうか。遭難したときのために、免許がないのにアマチュア無線機を持って山に登ったりする人がいますが、電波法第52条第4号の「非常通信」にあたると認めてもらうのは難しいように思われます。
(本記事は、現時点までに公表・報道されている限られた情報をベースに書いたものです。今後明らかになる事実に基づき、訂正等することもあり得ます。またあくまで一般論を述べたものであって、法的助言ではありません。)
(2022-05-11 記)