無線ブログ集
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無線局 とっとりU42 (2019/12/16 10:35:37)
現在データベースには 956 件のデータが登録されています。
17年前の春一斉OADを振り返る
(2018/3/20 19:11:00)
2001年3月20日(火)
2001年??
入力ミスではありません。
今から17年前、2001年の春一斉OADを振り返ります。
21世紀最初の春一斉OAD。
2001年の「春分の日」は3月20日でした。
向かったのは「市民ラジオの聖なる山」大山。
大山ケーブルカーで下社まで行き、下社から石碑を数えながら登りました。
その時のログです。
1041 ナゴヤAB449 CB8ch 56-59 横浜市旭区
1046 ナゴヤAB449 特小L1ch M5-M5 横浜市旭区
1052 かながわCM62 CB8ch 52-59 厚木市
1122 いたばしAB303 CB8ch 59-59 富津市鋸山
1149 せたがやV15 CB1ch 59-59 八王子市高尾山
1239 むさしのWO960 CB1ch 59-54 八王子市景信山
1310 いたばしAB303 特小L1ch M5-M5 富津市鋸山
交信は僅か5局、7QSO。
それでも達成感に満たされて下山したことを今でも鮮明に憶えています。
使用した無線機は、その年に中古で導入したICB-870T。
開局時のRIG、ICB-790を放出し、山岳移動を前提に購入したのもです。
特小は「元祖特小」とも言える八重洲無線のFTH-102。こちらも中古導入。
私のFTH-102は30秒ルールの筐体。
送信途中で受信に切り替わったことを気づかず、ご迷惑をお掛けしました。
ちなみに、いたばしAB303局との交信は第○○回板橋ロールコールでした。
おそらくまだ二ケタ台の開催回だったのでは?
写真も撮っていると思うのですが、ログしか発見できませんでした。
春OADで大山へ登れば、今ではパイルアップは確実。
30~40局は間違いなく交信できることでしょう。
残念ながら明日は雨の予報。もしかしたら雪になるかも?
明日は回避しますが、近いうちに登りたいと思います。
台湾国際放送
(2018/3/18 9:59:00)
2018年3月18日(日)
失うときはじめてまぶしかった時を知るの…
何事にも始まりがあれば終わりもある。
ブームは必ず終息する。
アマチュア無線局は全盛期の1/3まで減少し、衰退の一途。
そんなことをつぶやいても仕方ないのだけれど。
自由中国の声の時代から思い入れがある台湾国際放送。
台湾国際放送が3月26日より1日1回、20時からの放送のみに縮小されるそうです。
とても寂しい情報。お馴染みの日本語放送も、いつ終わってもおかしくない状況。
そんなことで、冒頭の歌詞を思い出しました。
三江線(その6)
(2018/3/16 15:05:00)
2018年3月16日(金)
三江線廃止まで15日。
太田屋 洋氏が三江線を訪れたのは2月下旬某日。
そのとき三江線は大雪の影響で全線開通していませんでした。
部分開通でも乗りに行く...というのが鉄道ファンの「ど根性」。
代替バスによる振替運転も貴重な経験になったことでしょう。
代替バスの車内からの三江線。
式敷駅。横断幕が物語る、地域住民の貴重な「足」だった三江線。
式敷駅。
単線の「入れ違い」ができる駅のようです。
式敷駅に貼られた「寄せ書き」。
地域の方々の思いが綴られているのでしょうね。
ICF-SW7600GR
(2018/3/16 11:34:00)
2018年3月16日(金)
2月の秋葉原ミーティングに出席して、俄然BCL熱上昇中のU42です。
同時に、デッドストック状態であったICF-SW7600GRは目覚めました。
最近の中華製ラジオも使ってみたいところですが、これを有効活用するのが先。
当面はこれで「聞こえるところを聞いてみる」に徹します。
今朝もRadio Romania Internationalを受信。受信状態の総合評価3。
なお、Radio Romania Internationalは、後ろのFRG-7でも受信できました。
約5mほどのIV線ショートワイヤーアンテナです(笑)。
Radio Romania
Internationalが短波で放送中ということをインターネットで知り、ダイヤルを合わせてみたら聞こえました。放送開始前にISが流れて、開始音楽とIDが聞こえててくる...少年時代にラジオの前で味わったワクワク感。これですよ。
インターネットで調べてみると、EU各国の国際放送は20●●年に短波放送を終了しました...というところがほとんど。インターネットの放送に移行しているようです。
ルーマニアもいつ短波放送を終了してしまうかわかりません。
今のうちにしっかりと脳内に記憶しておこうと思います。
三江線(その5)
(2018/3/13 0:02:00)
2018年3月13日(火)
馬洗川の橋を渡る三江線。
ワンマン運転であるためか、運転士は運転席の扉を開放。
尾関山駅に到着。
過ぎ去っていった上り列車。
写真左側に列車を撮影している人がいます。
【以下、太田屋 洋氏 本人談】
「わずか3分程の乗車でしたが、私にとっては、他の人ならディズニーランドのスプラッシュマウンテンに乗る時のような、ワクワク感満載のアトラクションに乗っているかのようにうれしい一時でした。」
Radio Romania International
(2018/3/12 21:30:00)
2018年3月12日(月)
「RRI」って言えばインドネシアでしょ?
最近、BCLの「熱」が上がっているU42です。
今朝、Radio Romania Internationalを初めて受信しました。
R adio R omania I nternationalなので”RRI”です。
この時代、短波による国際放送を続けていただいているのはありがたいですね。
RRIのHPで確認したら、日本向けの放送があるようです。
現在のスケジュールは2300UTC、7325KHz、9620KHz。
31mbのほうが受信しやすいかなぁ...と思って、ICF-SW7600GRで受信。
ところが、9620KHzは中央人民広播電台が強力に聞こえてきます。
ダメだこりゃ。ダメ元で7325KHzを聞いてみると...聞こえてきましたISが!
どうもルーマニアの国歌冒頭の一節をアレンジしているように聞こえます。
ルーマニアには2004年に1度だけ訪れたことがあります。
そのときにルーマニア国歌のメロディーを覚えました。
本来は勇壮な短調の曲ですが、ISは明るくアレンジされています。
今日は筑波山へ出掛けたので、ゆっくり聞く時間がありませんでした。
次回はじっくりと番組を聞いてみたいと思います。
なお、2017-2018冬の放送スケジュールは3月24日まで。
3月25日以降は新しいスケジュールに変わるようなので、受信される方はご注意を。
筑波山 2018.03.12
(2018/3/12 21:00:00)
2018年3月12日(月)
今日も筑波山へ行ってきました。
今日も快晴。前回と違ってほぼ無風。ただ、スギ花粉が...
私は大丈夫...と思っていたのですが、下山途中から鼻水が止まりません。
さすがに平日。お昼前ですが、それほど登山客はいません。
男体山山頂付近にある気象観測所。
気になる建物です。
下山途中、いつもの国割り石で...
女体山山頂へ向かうヘリコプターを見ました。
何かあったのでしょうか?
今日は同行者がいたので無線運用は封印。
一応、デジタル簡易無線は持っていましたが、また次回。
上着が要らないくらいの暖かさでした。
三江線(その4)
(2018/3/12 20:30:00)
2018年3月12日(月)
廃止まで、あと19日。
上り列車を待つ三次駅3番線ホーム。
この日、太田屋 洋氏(実弟)は事情により1駅だけ乗車することに。
三次駅の時刻表。これが地方ローカル線の現実。
4月以降には、この表示も消されてしまうのか...
キハ120。石見神楽のペイント列車。
ご多分に漏れず、列車はワンマン運転。
江津から先、山陰線・浜田駅の表示が見えます。
中華人民共和國開國紀念
(2018/3/12 0:03:00)
2018年3月12日(月)
これは中国建国35周年記念の北京放送のべリカード。
1984年の発行。中国が1949年建国なので35周年です。
ちなみに「とっとりU42」は今年で開局37周年。
ずいぶん時間が経ったものですね!(笑)
このころには「PEKING」から「BEIJING」に表記が変更されています。中国語の発音表記に変わったのですね。当時、北京放送の英語放送を時々聴いていましたが「ピーケン(ペキン)」から「ペイチン」とアナウンスされるようになりました。
ところで、少し前、さいたまUG100局のブログで切手集めの話がありました。
私も小学校のころ集めていました。同級生にも集めているのが複数いたようです。
中学校に入学するころにはラジオに夢中になり、切手への「熱」は徐々に冷めていきました。昨年3月の帰省の際、このべリカードを見て思い出し、たまたま1枚の切手をスキャナでクリップしていたのがこちらです。
北京放送を聴き始めた1976年、毛沢東が死去。
このころはまだ、その後の経済開放を推進した小平は批判の対象でした。
毛主席の死後まもなく、文化大革命を扇動したとして四人組(王洪文、張春橋、江青、姚文元)が批判、逮捕され、連日このニュースを流していました。
このうち、江青は毛沢東の妻でありながら裁判で死刑判決。どういう理由かわかりませんが、北京放送は江青だけ「チャン・チン」と中国語読みで伝えていました。
この切手、どういうルートで手に入れたか、よく憶えていません。友達から譲ってもらったのかもしれません。この切手のデザインと、毛沢東を賛美していた当時の北京放送のイメージが重なります。
中国の内戦終結直後に発行されたものと思われ、3000圓という額面に、当時の中国がインフレだったことが伺えます。なお、この切手、大量に発行されたのかわかりませんが、ほとんど価値はないようです(笑)。
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