無線ブログ集
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名の知れた山と違い、登山口がわかりにくかったり、けもの道や作業道、鉄塔巡視路など様々な杣道が交錯する、それが低山の特徴とも言えます。前回は、権現堂山から地蔵森に向かう途中、登山道を見失い、迷ってしまいました。今日は、福田峠から地蔵森と権現堂山への道をたどり、どの地点で迷ってしまったのか、探索してみることにしました。
常磐線坂元駅からタクシーにて福田峠へ。いっぱい清水までは車が入れますが、その先は通行止めとなっていました。仕方なく徒歩で峠まで登りましたが、新地側は大きな崩落はなく、15分ほどで登山口に到着。左手に五社壇への標識を確認し、右手の地蔵森へ。赤布もあり、しっかりした踏み跡が続いていました。30分ほどで山頂着。標高328m。御多分に漏れず地味な山で眺望はありません。お堂のあたりが最も高く、数体の石像が安置されておりました。日当たり良く、落ち着ける雰囲気の山頂ではあります。

福田峠登山口


地蔵森山頂付近
お堂の後ろあたりに地蔵森を示す新旧の標識と三角点があり、ここから北に向かう登山道が続いています。杉林の急坂を下ると小さな沢に出会い、権現堂山への標識が設置されてありました。迷いようのない明瞭な道。尾根近くまで登ると再び小さな標識があり、山頂を示しています。前回、このあたりで迷ったのでは、と見当をつけてきたのですが、どうも違うようです。まったく記憶にない道が山頂まで続き、あっけなく権現堂山に着いてしまいました。山頂付近を探索してみたものの、結局どこで迷ったのかわからずじまい。再び来た道を地蔵森まで戻りました。間違えるほどの尾根もなく、不思議な感覚にとらわれました。


地蔵森山頂 権現堂山はこの奥へ進む

沢との出会い(丸木橋は埋まってました)

権現堂山への登り返し

尾根分岐
ともあれ、これで小斎峠から福田峠までは踏破したことになります。未踏で残るのは五社壇と小斎峠から北の新城山、影倉山の間、そして深山から北に続く尾根といったところです。里に近いこういう低山こそ山岳ナビがあると良いのかもしれません。でも、この先に展開する風景や登山道はどんなだろうと、探検的な徘徊を味わえるのも低山歩きの面白さかな、と思ったりもします。

無線は、地蔵森(福島県相馬郡新地町)にて運用(145MHz)。福島、宮城の10局に交信いただきました。雑木林に囲まれた山頂ではあるものの、そこそこ飛んでくれるようです。今日は風が冷たく、短時間で切り上げ、下山となりした。

震災の1ヶ月前、2011年2月に主義山まで登ったものの、その先は行かずじまいでした。七峰とは、北から金華山、音羽森、主義山、権現堂山(権現森)、地蔵森、五社壇、鹿狼山。未踏になっているのは権現堂山、地蔵森、五社壇の3山。今日は、小斎峠から地蔵森を経て、福田峠まで歩いてみようと出かけてみました。

坂元駅ホームから望む七峰
新しくなった坂元駅からタクシーで小斎峠へ。かすかな記憶をたどり、なんの標識もない急な登山道を登ると、10分ほどで金華山着。さらに音羽森へ。花嫁峠を過ぎ、登り返すと6年前に無線運用した主義山に到着。以前と変わらぬどこにでもあるような地味な山頂です。地元の山岳会が整備したらしく、ここまでは良く踏み込まれた快適な道が続いていました。ところどころ赤布や標識もあり、迷うこともありません。

花嫁峠付近



主義山山頂
小休止し、未踏の権現堂山へ。主義山までのしっかりした道ではなく、不明瞭で倒木にふさがれた箇所も現れます。少し不安がよぎりつつも峠から約1時間で山頂着。標高325m。落葉の今時期でも眺望はありません。明るい雑木に囲まれた落ち着ける小空間といったところでした。

権現堂山山頂
ここからは次の未踏峰、地蔵森に登り、福田峠に下山するのみ。と思い、下山を開始したものの、いつの間にか背丈ほどの笹藪に突入。道を失ってしまいました。東側にいったん下ってから登り返すとの情報をもとに、慎重に道を探しながら引き返したものの、見つけることができませんでした。権現堂山から南は踏み跡も不明瞭で赤布の類も皆無。ということで今日も藪こぎ、かつアップダウンの激しい尾根道を再び小斎峠までピストンすることとなりました。七峰踏破、なかなか手ごわいです。次回は、福田峠側から登ってみるつもりです。
無線の方は、権現堂山(325m)と主義山(313m)から運用してみました。宮城県、福島県、岩手県より16局に交信いただきました。権現堂山は山元町の最高峰となります。県内全市町村の最高地点から運用してみたい、という思いがあり、今日はその一つがクリアできました。交信いただきました各局さまに感謝です。

アローラインにて(145MHzFM)

震災の1ヶ月前、2011年2月に主義山まで登ったものの、その先は行かずじまいでした。七峰とは、北から金華山、音羽森、主義山、権現堂山(権現森)、地蔵森、五社壇、鹿狼山。未踏になっているのは権現堂山、地蔵森、五社壇の3山。今日は、小斎峠から地蔵森を経て、福田峠まで歩いてみようと出かけてみました。

坂元駅ホームから望む七峰
新しくなった坂元駅からタクシーで小斎峠へ。かすかな記憶をたどり、なんの標識もない急な登山道を登ると、10分ほどで金華山着。さらに音羽森へ。花嫁峠を過ぎ、登り返すと6年前に無線運用した主義山に到着。以前と変わらぬどこにでもあるような地味な山頂です。地元の山岳会が整備したらしく、ここまでは良く踏み込まれた快適な道が続いていました。ところどころ赤布や標識もあり、迷うこともありません。

花嫁峠付近



主義山山頂
小休止し、未踏の権現堂山へ。主義山までのしっかりした道ではなく、ところどころ不明瞭で、倒木にふさがれた箇所も現れます。少し不安がよぎりつつも峠から約1時間で山頂着。標高325m。落葉の今時期でも眺望はありません。明るい雑木に囲まれた落ち着ける小空間といったところでした。

権現堂山山頂
ここからは次の未踏峰、地蔵森に登り、福田峠に下山するのみ。と思い、下山を開始したものの、いつの間にか背丈ほどの笹藪に突入。道を失ってしまいました。東側にいったん下ってから登り返すとの情報をもとに、慎重に道を探しながら引き返したものの、見つけることができませんでした。権現堂山から南は踏み跡も不明瞭で赤布の類も皆無。ということで今日も藪こぎ、かつアップダウンの激しい尾根道を再び小斎峠までピストンすることとなりました。七峰踏破、なかなか手ごわいです。次回は、福田峠側から登ってみるつもりです。
無線の方は、権現堂山(325m)と主義山(313m)から運用してみました。宮城県、福島県、岩手県より16局に交信いただきました。権現堂山は山元町の最高峰となります。県内全市町村の最高地点から運用してみたい、という思いがあり、今日はその一つがクリアできました。交信いただきました各局さまに感謝です。

アローラインにて(145MHzFM)

広大な阿武隈山地の北端に位置する亘理山地。七峰(ななうね)といい、標高300m前後の小さな山と尾根が続いています。昨年、常磐線が復旧し、自分にとっては電車を利用して登れる貴重な山域でもあります。震災前、中ほどに位置する深山から南の鹿狼山まで何度かに分けて踏破する計画を立て実行に移しましたが、いまだ達成に至りません。震災で6年間、電車が不通となり、足も向かなくなっていました。今日は約7年ぶりに高瀬峠と馬船峠付近を探索してきました。
JR山下駅からタクシーに乗車。高瀬峠への入り口付近で降り、林道を歩き始めると間もなく見覚えのある石切り場が見えてきました。そこまでは道幅も広く車両の出入りがあるようです。そこから先に進むと急に様相が変わり、路面が大きくえぐられ、路肩の崩落地やがけ崩れもあり、車両どころか歩くのさえ難儀。もはや林道と言えない藪に覆われた道を進むこと約30分、やっとの思いで高瀬峠に到着。ここから北に登れば疣石山、南に進めば影倉山。

高瀬峠付近
まずは南の影倉山(大森山)へ。標識はありません。かすかな記憶をたどって藪道に突入。尾根に出ると赤布と杣道が続いていました。でも、かつての山の姿ではありません。角田側から新たな林道が山頂まで延び、幼木が植樹されたため、落ち着いた里山の雰囲気は失われたように感じました。20分ほどで山頂着。標高315m。以前から見晴らしは悪くなったのですが、伐採によりほぼ360度の展望となっていました。ただ、山頂に鉄パイプが組まれ、照明設備も・・・? 伐採といい、新たな林道といい、この山の変貌は留まるところを知らないようです。

影倉山(大森山)山頂

いったん高瀬峠まで戻り、今度は北の疣石山を越え、馬船峠をめざします。高瀬峠には「大沢山登山口」の標識がありました。角田側では大沢山、山元側の呼称では疣石山。何度かアップダウンを繰り返しながら標高を上げ、約30分で疣石山山頂着。標高314m。ここまでかすかな道形はありますが、いたるところ藪に覆われ、倒木でふさがれた箇所を何度も乗りこえて進むという感じでした。ほとんど歩く人はいないようです。7年前、この山頂で無線運用したことがあります。もっと小広く、明るい山頂であったように記憶していたのですが、何の眺望もなく、地味な通過点といった感じでした。古い標識と明治時代のものと思われる三角点を見つけ、ここが疣石山であることを再確認しました。

疣石山山頂

古い三角点

馬船峠
山頂を後にし、約20分で馬船峠着。峠からさらに北上すれば、何度か無線運用したことのある鷹討山に至ります。今日はここまで。藪漕ぎで疲れました。帰路、馬船林道の山元側も崩落地の連続ですさまじい有様となっていました。かつて太平洋と内陸部をつなぐ要衝だった峠道。もはやその頃の面影はありません。登山ツアーのコースにもなり、いくらか登山道も整備されたかと考えていたのですが、甘かったようです。山中、誰と会うこともなく山下駅まで歩きました。
無線の方は、大森山(角田市)と疣石山(山元町)からCQを出してみました。DCRにて3局。145MHzにて13局に交信いただきました。宮城各局のほか、二本松市、福島市、東根市、田村市など。風が冷たく、いづれも短時間で撤収となりました。

大森山にて

広大な阿武隈山地の北端に位置する亘理山地。七峰(ななうね)といい、標高300m前後の小さな山と尾根が続いています。昨年、常磐線が復旧し、自分にとっては電車を利用して登れる貴重な山域でもあります。震災前、中ほどに位置する深山から南の鹿狼山まで何度かに分けて踏破する計画を立て実行に移しましたが、いまだ達成に至りません。震災で6年間、電車が不通となり、足も向かなくなっていました。今日は約7年ぶりに高瀬峠と馬船峠付近を探索してきました。
JR山下駅からタクシーに乗車。高瀬峠への入り口付近で降り、林道を歩き始めると間もなく見覚えのある石切り場が見えてきました。そこまでは道幅も広く車両の出入りがあるようです。そこから先に進むと急に様相が変わり、路面が大きくえぐられ、路肩の崩落地やがけ崩れもあり、車両どころか歩くのさえ難儀。もはや林道と言えない藪に覆われた道を進むこと約30分、やっとの思いで高瀬峠に到着。ここから北に登れば疣石山、南に進めば影倉山。

高瀬峠付近
まずは南の影倉山(大森山)へ。標識はありません。かすかな記憶をたどって藪道に突入。尾根に出ると赤布と杣道が続いていました。でも、かつての山の姿ではありません。角田側から新たな林道が山頂まで延び、幼木が植樹されたため、落ち着いた里山の雰囲気は失われたように感じました。20分ほどで山頂着。標高315m。以前から見晴らしは悪くなったのですが、伐採によりほぼ360度の展望となっていました。ただ、山頂に鉄パイプが組まれ、照明設備も・・・? 伐採といい、新たな林道といい、この山の変貌は留まるところを知らないようです。

影倉山(大森山)山頂

いったん高瀬峠まで戻り、今度は北の疣石山を越え、馬船峠をめざします。高瀬峠には「大沢山登山口」の標識がありました。角田側では大沢山、山元側の呼称では疣石山。何度かアップダウンを繰り返しながら標高を上げ、約30分で疣石山山頂着。標高314m。ここまでかすかな道形はありますが、いたるところ藪に覆われ、倒木でふさがれた箇所を何度も乗りこえて進むという感じでした。ほとんど歩く人はいないようです。7年前、この山頂で無線運用したことがあります。もっと小広く、明るい山頂であったように記憶していたのですが、何の眺望もなく、地味な通過点といった感じでした。古い標識と明治時代のものと思われる三角点を見つけ、ここが疣石山であることを再確認しました。

疣石山山頂

古い三角点

馬船峠
山頂を後にし、約20分で馬船峠着。峠からさらに北上すれば、何度か無線運用したことのある鷹討山に至ります。今日はここまで。藪漕ぎで疲れました。帰路、馬船林道の山元側も崩落地の連続ですさまじい有様となっていました。かつて太平洋と内陸部をつなぐ要衝だった峠道。もはやその頃の面影はありません。登山ツアーのコースにもなり、いくらか登山道も整備されたかと考えていたのですが、甘かったようです。山中、誰と会うこともなく山下駅まで歩きました。
無線の方は、大森山(角田市)と疣石山(山元町)からCQを出してみました。DCRにて3局。145MHzにて13局に交信いただきました。宮城各局のほか、二本松市、福島市、東根市、田村市など。風が冷たく、いづれも短時間での撤収となりました。

大森山にて

山岳移動の際、アンテナ設営に三脚を使うことは以前に書いた通りで、若干の斜面でも設置できるのが利点です。欠点は重量の問題以外にも、重しとなる石が見当たらない場合、風で倒れやすいこと。もっと軽く、倒れず、設置も楽な方法はないかということで、簡易的な踏み立て基台を作ってみました。
タイヤベースの「ふみたてくん」のいわば山岳版。いつもパイプ椅子に座って運用しているので、その下に敷き、自分の体重で踏み立てます。山頂によっては石で固定させることも可能では?
<材料>
・アルミ板 厚さ2.0mm×幅10cm×長さ30cm
・三脚用カメラ雲台
・自撮り棒(ポール) 最長2.7m(収納時55cm)W1/4ネジ穴付き






製作といってもアルミ板にカメラ雲台をねじ止めしただけです。当初、W1/4ボルトを使い、直接自撮り棒をねじ込む方式を考えたものの、地面の形状が平坦とは限らず、そのため、ポールが斜めになってしまう。まっすぐに立てるための調整機構として雲台を使うことにしました。しっかり締めて固定する必要があるのと、重いアンテナは付けられません。RH770や山岳用GP、J型アンテナなどホイップ系のみ。見るからに貧弱な作りではありますが、手元で短時間の運用なので良しとします。基台の重さ250g。自撮り棒200g。これで2.7mまで給電部を上げられれば御の字かと。とりあえず試作してみた、という段階。椅子から立ち上がったら倒れてしまうのでは?とか、耐久性や耐風性、そもそも使い物になるのか? などなど実践投入はこれからです。
<追記>
大年寺山にて使ってみました。重しはFT817。約200gの3/4λホイップ(山岳GP)を乗せ、ポールの長さ2mほど。無風だったため、倒れることなく運用できました。重しが軽いので、これ以上ポールを伸ばしたり、風が少しでもあると危ういかな、といったところです。重し次第。使えるシチュエーションは限られますが、手軽に使えること、設置面積をとらず、三脚ほど大げさにならないところが利点といえます。



山岳移動の際、アンテナ設営に三脚を使うことは以前に書いた通りで、若干の斜面でも設置できるのが利点です。欠点は重量の問題以外にも、重しとなる石が見当たらない場合、風で倒れやすいことです。もっと軽く、倒れず、設置も楽な方法はないかということで、簡易的な踏み立て基台を作ってみました。
タイヤベースの「ふみたてくん」のいわば山岳版。いつもパイプ椅子に座って運用しているので、その下に敷き、自分の体重で踏み立てます。山頂によっては石で固定させることも可能では?
<材料>
・アルミ板 厚さ2.0mm×幅10cm×長さ30cm
・三脚用カメラ雲台
・自撮り棒(ポール) 最長2.7m(収納時55cm)W1/4ネジ穴付き






製作といってもアルミ板にカメラ雲台をねじ止めしただけです。当初、W1/4ボルトを使い、直接自撮り棒をねじ込む方式を考えたものの、地面の形状が平坦とは限らず、そのため、ポールが斜めになってしまう。まっすぐに立てるための調整機構として雲台を使うことにしました。しっかり締めて固定する必要があるのと、重いアンテナは付けられません。RH770や山岳用GP、J型アンテナなどホイップ系のみ。見るからに貧弱な作りではありますが、手元で短時間の運用なので良しとします。基台の重さ250g。自撮り棒200g。これで2.7mまで給電部を上げられれば御の字かと。とりあえず試作してみた、という段階。椅子から立ち上がったら倒れてしまうのでは?とか、耐久性や耐風性、そもそも使い物になるのか? などなど実践投入はこれからです。

山に登るのに軽身に越したことはありません。が、登山という趣味はこだわりの固まりなのです。何を持っていくかは、人それぞれです。持ちたい装備もあるし、楽しみもある。写真とか、山で美味いものを食べたいとか、あるいは酒盛りしたいとか・・・。そのための荷物は度外視。無線などはその最たるものと言えなくもありません。
無線機材の軽量化は置いておくとして、いわばベースとなる部分をいかに軽量化するか。登山靴、ザック、雨具、防寒具、食料、飲料、カメラ、もろもろの小物類・・・。日帰り登山なので重いと言っても知れており、これまで意識的に取り組んだことはありませんでした。今シーズンは、FT-817を持ち歩いたこともあり、最近のウルトラライト登山用具を取り入れてみようかと考えた次第です。

まずは登山靴。これまで革製の片足800gのものでしたが、これを500gの軽登山靴にしました。両足で600g軽くなったことになります。次にザック。リグを痛めないようにと衝撃材入りの30リットルザック、重さ1.2kg。これを容量25リットル350gのザックに替えました。アンテナは一部外付けとなるものの、リグ、バッテリー、三脚などの機材はなんとか納まります。850gの軽量化。この二つで約1.5kg軽くなりました。1.5kgと言えば、FT-817一式に相当する重さです。これまでとの比較で言えば、817を持っているのに、ザックに入っていないのと同じ、ということになります。実際のところはそう単純でもなく、体感的な重さはそれなりです。また、めいっぱい詰め込むため余裕がなく使いにくい。ただ、足の軽さは格別ですね。雪山でない限り、軽量登山靴で十分との感触です。
続いて雨具。名称は雨具ですが、自分にとっては防風や防寒を兼ねており、雨天時のみ着用するというものではありません。朝露を防ぐのはもちろん、山頂に2〜3時間留まるため、寒さ対策としてほぼ毎回着用するといってもよいほどです。冬の里山歩きでも使います。使用頻度が高いので、おろそかにできない装備と言えます。今使っているのがモンベルのストームクルーザー上下で430g。一昔前を思えば十分軽量で、購入時はその軽さをしみじみ実感したものです。でも今はウルトラライト。同じモンベルのバーサライトは上下で約260g。170gも軽量な上、超コンパクト。ところが、モンベル仙台店で実物を確認したところ、生地が薄く、雨と風は防げても防寒にはなりそうにありません。ということで導入には踏み切れませんでした。
食料、飲料は、以前も書いた通り、自分は年間を通してパンとテルモスのコーヒーです。無線運用中はなぜか空腹にならず、水分もあまり取りません。特に困ったことはなく、軽量化の余地なし。以前は必ず持ち歩いたガスバーナーやコッヘル類は無線を始めてからはいつも置いていきます。食料はこだわるとキリがありませんね。重いのは食べる前までなので、楽しみと思えば、我慢できるかもしれません。カメラも160gの軽いコンデジに替えました。小物も軽視できません。実際は使わないものが多いです。今期はとりあえずヘッドランプのみ軽くしました。単3電池1本タイプ70g程。
無線機以上に登山用具の軽量化は進んでいるようです。でも、道具にばかり頼りすぎるのもよくありませんね。自然界にあるものも含め、使えるものは工夫して使わないと。一気にとはいきませんが、一つ、また一つと見直してみるつもりです。 軽身で山中を縦横に歩き回る、そして見晴らしの良いところでもあれば、人知れずアンテナを上げる・・・。いずれ自分の体力との相談ではあります。無線の方も、究極の軽量装備によるウルトラライト運用とはどんなだろう? などと考えているところです。

山に登るのに軽身に越したことはありません。が、登山という趣味はこだわりの固まりなのです。何を持っていくかは、人それぞれです。持ちたい装備もあるし、楽しみもある。写真とか、山で美味いものを食べたいとか、あるいは酒盛りしたいとか・・・。そのための荷物は度外視。無線などはその最たるものと言えなくもありません。
無線機材の軽量化は置いておくとして、いわばベースとなる部分をいかに軽量化するか。登山靴、ザック、雨具、防寒具、食料、飲料、カメラ、もろもろの小物類・・・。日帰り登山なので重いと言っても知れており、これまで意識的に取り組んだことはありませんでした。今シーズンは、FT-817を持ち歩いたこともあり、最近のウルトラライト登山用具を取り入れてみようかと考えた次第です。

まずは登山靴。これまで革製の片足800gのものでしたが、これを500gの軽登山靴にしました。両足で600g軽くなったことになります。次にザック。リグを痛めないようにと衝撃材入りの30リットルザック、重さ1.2kg。これを容量25リットル350gのザックに替えました。アンテナは一部外付けとなるものの、リグ、バッテリー、三脚などの機材はなんとか納まります。850gの軽量化。この二つで約1.5kg軽くなりました。1.5kgと言えば、FT-817一式に相当する重さです。これまでとの比較で言えば、817を持っているのに、ザックに入っていないのと同じ、ということになります。実際のところはそう単純でもなく、体感的な重さはそれなりです。また、めいっぱい詰め込むため余裕がなく使いにくい。ただ、足の軽さは格別ですね。雪山でない限り、軽量登山靴で十分との感触です。
続いて雨具。名称は雨具ですが、自分にとっては防風や防寒を兼ねており、雨天時のみ着用するというものではありません。朝露を防ぐのはもちろん、山頂に2〜3時間留まるため、寒さ対策としてほぼ毎回着用するといってもよいほどです。冬の里山歩きでも使います。使用頻度が高いので、おろそかにできない装備と言えます。今使っているのがモンベルのストームクルーザー上下で430g。一昔前を思えば十分軽量で、購入時はその軽さをしみじみ実感したものです。でも今はウルトラライト。同じモンベルのバーサライトは上下で約260g。170gも軽量な上、超コンパクト。ところが、モンベル仙台店で実物を確認したところ、生地が薄く、雨と風は防げても防寒にはなりそうにありません。ということで導入には踏み切れませんでした。
食料、飲料は、以前も書いた通り、自分は年間を通してパンとテルモスのコーヒーです。無線運用中はなぜか空腹にならず、水分もあまり取りません。特に困ったことはなく、軽量化の余地なし。以前は必ず持ち歩いたガスバーナーやコッヘル類は無線を始めてからはいつも置いていきます。食料はこだわるとキリがありませんね。重いのは食べる前までなので、楽しみと思えば、我慢できるかもしれません。カメラも160gの軽いコンデジに替えました。小物も軽視できません。実際は使わないものが多いです。今期はとりあえずヘッドランプのみ軽くしました。単3電池1本タイプ70g程。
無線機以上に登山用具の軽量化は進んでいるようです。でも、道具にばかり頼りすぎるのもよくありませんね。自然界にあるものも含め、使えるものは工夫して使わないと。一気にとはいきませんが、一つ、また一つと見直してみるつもりです。 軽身で山中を縦横に歩き回る、そして見晴らしの良いところでもあれば、人知れずアンテナを上げる・・・。いずれ自分の体力との相談ではあります。無線の方も、究極の軽量装備によるウルトラライト運用とはどんなだろう? などと考えているところです。

山での運用は様々なことがあります。いつも好天の日を選んで登るのですが、想定外の悪天候に見舞われ、無線どころでないのでは?と思いつつ、風雨に耐えながら運用を続けるなどということも何度となくありました。始めた頃は風防対策が不十分だったため、風切り音で何を話しているのか分からない、とのレポートもいただきました。山頂でOMと出くわし、無線そっちのけで話し込んでしまったこともあります。「変わった人がいるな」とは思われても、幸い他の登山者からひんしゅくを買ったり迷惑がられたことはありません。自分がそう思っているだけかもしれませんが・・・。多くの場合、迷惑がられる前に撤収してしまいます。そして人のいない別の場所へ移動。なので、設営・撤収が億劫にならない装備、これが必須条件で、山岳運用で最も気を使うところです。なぜ2mバンドで運用するかと言えば、1)アンテナが短く設営・撤収が楽、2)430に比べバッテリーの持ちが良い、3)伝搬が面白い(平地と山岳の飛び差が大きい)、ことが主な理由です。


自分の場合、たくさんの局と交信したいということは特になく、交信数にこだわりはありません。せっかく山に登って2〜3局ではちょっと寂しいですが、基本、交信さえできればよい、そして1局でも意外性のある交信があったなら、なお良い、というスタンスです。スケジュールを組んでの実験目的の場合は、相手局と1時間以上交信、今日はこれにておしまい、ということもあります。移動運用を終えて充実感を感じるのは、1)思わぬ遠方と交信できた時、2)実験目的が達せられ手応えを感じた時、3)交信の内容に共感できた時、かなと思います。

山岳移動に限らず、余韻の残るQSOというのがある一方、そうでない場合もあります。人と人なので様々です。アマチュア無線の「交信」という行為は、独特の体験を伴うもので、それがこの趣味の醍醐味でもあるわけです。思いもかけないはるか遠方との交信の場合は、互いの移動地とRSレポートが確認できただけで十分満足です。弱い信号のため、何度かコールサインや移動地を聞き返したり、QSBで信号を見失いがちになったり、いったんは諦めかけたところ再び浮き上がりファイナルを送る・・・。何を話したかという内容よりその体験自体が記憶に残るものとなります。遠方でなくとも、超QRPで交信できたときも同様です。ときどき特小トランシーバーでCQを出すことがありますが、10mWや1mWで交信できたときは、たった数キロでも感動を覚えます。不思議とその感動が薄れるということもないです。
一方、話す内容そのものによって充実感や満足感をもたらしてくれることがあります。これは相性もあるかと思います。自分の場合、アンテナや登山の話で盛り上がるなどレポート交換だけでないプラスαが加わったときにそうした感覚が湧いてくるのかな、と漠然と考えています。山岳同士の場合は、共感意識が生まれるということもあるかもしれません。それらプラスαが何であるのか、よくわからないままです。逆に一方的であったり表面的な話になってしまったかな、と反省することもしばしばです。技術にしても運用にしても、言葉で語れるものは一部であって、分かってはいても言葉や文字にしにくい領域はけっして少なくないといつも感じます。余韻の残るような充実感のある交信に少しでも近づきたいとは思いますが、考えてできることとも思えません。結局自分の人間性に回帰するのかな、とも思います。かつてキングオブホビーといわれたアマチュア無線の本当の奥深さは、実はそこにあるのでは、と思ったりもします。
〈QSLカード〉
山岳移動でCQを出しているので、基本、交信証を発行します。多いときは、月に200枚近くになるので、これがわずらわしく思えた時期もあります。パソコン印刷を導入してからはそういうことはなく、多くは山で撮影した写真を使い、カード作り自体が楽しみと言えなくもありません。ただ、カードを発行してもしなくとも、交信した事実に変わりはないわけです。これまでつながったことのない遠方とつながり、その局がノーQSLを指定したとしても、特に残念とは思いません。交信できた事実を自分のログ帳に記載できれば十分、と考えています。もちろんカード交換を指定されれば発行はいといません。カード交換よし、ノーQSLよし、どちらもよし、です。
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